石垣・竹富島旅行記③

歴史や文化、自然を守るための島の取組み

5/11〜5/13にかけて、石垣島と竹富島へ研修旅行へ行ってきました。

引き続き、研修旅行をとおして感じたこと等をまとめました。


私自身、初の石垣島と竹富島。本島から飛行機で、わずか30分程度で石垣に到着。
沖縄の昔ながらなイメージを持って行きましたが、石垣島のまち並みは、スーパーマーケットやレストランが建ち並び、本島とあまり変わらないような風景でした。そんな感じの市街地から出発し、島を一周すると、山や海が見え、放牧された牛が居たりの風景へと変わりました。


石垣島では、歴史や文化、自然を守るため、都市計画への取組みが活発で、「自然風景域」「農村風景域」「市街地景観域」の3つに大きくゾーン分けされていたためでした。切り取られたような、石垣の自然がなくなりませんように。。

新石垣空港建設地を通りがかりに見ることが出来ました。覗いてみると、土工事が行われていました。そのとき、驚いたことがありました。それは、建設地に生存するコウモリの住みかが設けられている計画となっていたことです。さらに、珊瑚や他の動物の保全など、周辺へ配慮した計画ということで、とてもうれしく思いました。




竹富島では、自転車を乗りまわし、島をぐるぐる、集落散策です。 赤瓦屋根木造平屋建て。敷地囲いは低めの石垣。道には砂が敷かれていました。違う時代に来たような感覚です!統一されてじょっとーでした。
沢山の赤瓦を発見!再利用できるので、残しておいているようです!素晴らしぃですね☆古瓦、深みを増します。

水牛車に乗りました。水牛はお利巧です。おじさんとの息ピッタリ!休憩中です→

今回の研修旅行で、私の中で注目していたのが、瓦屋根の軒。軒下の影が落ちる空間をどう演出しているのかぁと。。 左下写真は、川平湾の近くの建物です。先端の面取りがキレイでした。
また、木天仕上で、コンクリートスラブの冷たさもなく。よかったです!
右下の写真は、しらほサンゴ村という建物。混構造で屋根の部分は木造。連続した垂木っていいと思います。

充実した、とてもいい旅となりました!! こういった機会をくださったことに感謝です!!

金城 治奈





八重山旅行記

沖縄らしい風景、人を感じる島

山城に遅れること約一ヶ月。
周りの早く書けというプレッシャーに押しつぶされそうになりながらちょこちょこ書いていた文章をまとめてみました。写真のネガと文章というイメージで。
今回は事務所に入って初めての社員旅行。沖縄県内ということだったので、県外の人々の移住や別荘地による宅地開発が盛んで景観の破壊等が社会的問題にもなっている石垣島と沖縄の原風景のシンボルである竹富島に行ってきました。
しかし、実は自分は半年前に石垣、竹富を訪れたばかりでしたが、今回は事務所4人で訪れるということで、より建築的視点の強い旅になりました。

石垣で建築といえば宮良殿内。下写真。左が今回の写真。真ん中が半年前。


台風で瓦屋根が壊れてしまっていました。が、今回はめでたく復旧。新しい所が白すぎるのはいただけないのですが、2年後ぐらいにはわからなくなるのかな。それを期待。ちゃんと持ち主が住んでいるので、家の中までは観られなかったのですが、枯山水の庭や軒の深さなど、建築をやっている人はとりあえず押えるところでしょう。
 軒の高さを測っている時に、別の旅行者がちょっと不審な目を向けているのを感じました。怪しくはないです。勉強です。「軒の高さは2200mmなり〜」

沖縄本島に住んでいる人も絶対感動する川平湾。潮の流れが速くて泳ぐことはできないのですが、ガラスボートで珊瑚をみることができます。近くにあるお土産屋さんの建物が壁面石張り、木造サッシ等を使って可愛いく仕上がっていたので、写真を撮ってみました。


左は今回の川平湾。雨上がりでこれです。エメラルドグリーン。真ん中が以前来た時の写真。晴れていればこれくらいは見れたのに〜。残念です。

石垣の海岸線をドライブすると、今石垣で話題になっている開発や新石垣空港建設の現状を 見ることが出来ます。石垣に住んでいない自分からすれば、「こんなに開発しなくてもいいのに」と思うのですが、この場所に住みたいと思う人や商売をしたい人からすれば、それはないのでしょう。今の石垣だから人が癒されにやってくると思うのですが、小さな島石垣が沖縄本島みたいなリゾートになって欲しくはないと思うのです。本来の自分に帰れて、自分を解放できるような石垣島が好きです。


左はホテル建築。真ん中と右が新石垣空港建築現場。新石垣空港がいかに環境に配慮して造っているかが書いてありました。事務所メンバーで視察。あと数年で空港建設により石垣のまちが変形してくるかもしれません。それらの開発を調整するのが景観法というわけででしょう。

何気なーく通り沿いの集落をみようとということになり、集落を車でグルグル。
集落の海に突き当たり、行き止まりと思いきや、「しらほサンゴ村」。

白保にいたのですねー。面白そうな建物だということになり、急遽見学会と思いきや5時に施設は閉まってしまい、次の日の朝一番で行ってきました。コンクリートと木造屋根の混構造。中庭もいいです。気持ちのいい空間でした。
右の写真はパンダに注目したのではありません。パンダの後ろのガラスに貼られているガラスへの衝突防止のマークなのですが、それを木でやっているのです。外と内から同じ位置に張り合わせていました。細かい技にカンドーです。

石垣!!石垣牛!!!ということでその日の晩は石垣牛のステーキを食べにいきました。

ビールは早々と飲み干し、泡盛でステーキです。なんでもありな石垣最高。タレは付けずに塩で食べるのが一番美味しかったです。
「担々亭」ラーメン屋みたいな名前だけど、とっても素敵なステーキ屋でした。みんな食べている間無口。ガツガツ食べてました。
 その後、山城君と石垣でお気に入りの(まだ一度しか行ったことはなかったのですが)Barに行って夜を満喫してきました。

次の日は竹富島。お決まりの「なごみの塔」からの集落激写。


青空と鮮やかな赤瓦と緑、白い道がきれいです。沖縄本島では本部町の備瀬、離島では渡名喜島の集落が有名ですね。渡名喜や備瀬はもう少し緑が多かったような気がします。こんもりと。歩いていてかなり暑かった〜。
赤瓦がここ最近のものであるとはわかっているのですが、こうも多く並んでいると見応えがあります。沖縄の県産品でもありますし、きれいでもあるので、色々な場面で使ってみて、沖縄の新しい景観を作っていけたら面白いと思うのですが、どうですか?
竹富島の道は白い砂がまかれています。道=灰色 ではないのです。
これが沖縄の昔の集落では自然だとはわかってはいるのですが、やはり気持ちいい。低すぎず、高すぎない石垣は野面積みといって、ただ上に積んでいっているだけです。そのちょっと不安定さが、がっちりしたコンクリートブロックとは違って優しさが感じられます。変化できる、優しさみたいなものが。

 翌朝、まだ暑くないうちに散歩しよと思い、集落内を歩いていると集落の皆さんが早起きして砂の道を竹箒できれいに掃いているのです。そんなきれいな道を心の中で「ごめんさない」と思いながら朝一番の足跡を付けて歩きまわりました。一緒に掃除をしようかと思ったのですが、何かしら神聖な儀式のような気がして掃いている人の後ろ姿を眺めて歩くのでした。宿泊客も一緒に掃除しようという企画があっても面白いのかなと思いました。

夕方は西の桟橋に行くのが竹富に泊まる人の決まりごとです。島に宿泊するほとんどの人が来るのでないでしょうか。

夕日が沈み、海と空の境目があいまいになって周りが溶けていくようでした。天気は快晴とは言えなかったのですが、ふわふわして印象派の絵画の中に自分達がいるような錯覚を憶えました。

 夜は同じ宿に泊まった客とオリオンビールで乾杯。泡盛を買っておけば良かったと後悔しました。ここにはコンビニはないのです。宿の前の自販機でビールを買い続けました。しばらく飲んでいると、他の客も帰ってきました。集落内にある食事所で飲んできたようです。そのまま寝てしまいました。前来た時には宿に泊まっている人みんなで縁側に集まって飲んでいたのですが、それができなくなったのは便利になった弊害でしょう。外には街灯が道を照らし、夜空の星を見えにくくしていました。竹富の夜空も最高な酒の肴だったのですが・・・。

竹富の最後に水牛が押す屋台に乗り、案内役のおじさんのサンシンと安里やユンタの島歌を聞きながら、歩くときとは違う目線の高さで集落を見ることができました。
最後に水牛をカメラに収め満足気に竹富島を後にして、石垣島に戻り、石垣の知り合い2人にいきなり会いに行き、しばしの個人行動を楽しんだのち沖縄本島に帰ってきたのでした。

観光化されてきている八重山諸島。しかし、そこは沖縄本島から見ても沖縄らしい風景や人がいるのを感じることができます。
竹富島の個々の家が全体でつくる集落の美しさ。そこの道を皆で掃き掃除してきれいにしようという気持ち。石垣1周をレンタカーで行っている時に、道端の商店に入ると「これ食べなさい」と言って小さく切ったパインを人数分くれたおばあちゃん。
みんな最高でした。

新垣 朝憲




石垣・竹富島研修旅行記① 

去った5/11〜5/13にかけて、石垣島&竹富島に研修旅行で行ってきました。この旅で見て、触った、味わって、感じたことをそれぞれの主観を交えながら報告したいと思います。今回は私、山城が先発です。
自身の回では3日間の旅で感じたこと、面白いと思ったこと、勉強になったこと等など断片的で主観的ではありますが紹介していきたいと思います。



□ルイスカーン?


もちろんカーンではありません。この建物は石垣市役所です。築年数も古くだいぶ老朽化が進んでいました。しかし、なぜか“おっ!”と思わされてしまいました。
大げさに言うなら、フィリップ・エクセター図書館の吹抜けに似ていませんか?開口を横断する通路を別のテクスチャーまたはカラーにするともっと良かったような..



□サインとは?


これは石垣市内の住宅地で偶然見つけたものです。みなさん、何が描かれているか解りますか?そう!“玉しろアパート”と丁寧に刈り込まれています。
このアイデアと実行力に感服です!



□幾何学的敷石


これは宮良殿内のアマハジ空間です。隙間無く敷かれた石。この不揃い感がステキです。偶発的ともいえるこの仕上り感がなんともいえません。そこに石工の技術力や嗜好が垣間見えるようで...ん〜〜ステキです。



□地中海風白壁と赤瓦のコラボ


これも石垣市内の住宅地で見つけたものです。白壁に赤瓦がなんともミスマッチですが、個人的には好みです。赤のベタな木建具も更に違和感を手助けしていて最高です!



□川平湾


ここについてはどうこう言うつもりありません。むちゃくちゃキレイです!
白く、きめ細かな砂浜に、神秘的な色合いの海。今回で2 度目ですが、やっぱりいいですね。必見です!



□石垣


石垣島の石垣にはよくサンゴが使用されています。本島で見かける石垣よりも無骨で雑ですが、味があります。
集落内を散策するとそういった石垣が多く、結構楽しめます。
この写真は白保集落内で撮影しました。



□WWF珊瑚礁保護研究センター しらほさんご村


白保集落内の海岸沿いにひっそりと佇む建物...中に入ると結構よか建築でした。設計施工:清水建設とのことで1つ1つの納まりなど参考になりました!勉強になりました!



□移住ブーム


石垣島では、移住ブーム、新石垣空港建設を見据えたホテル、アパート、住宅の建設ラッシュだそうです。危機感を覚えた市は県内初の景観法による景観行政団体となり、島の景観形成にガイドラインを設けました。
 急激な変化をみせる石垣島、これからの動きに要チェックです!
それぞれの思いや夢を実現させるのもステキなことですが、今ある石垣島のすばらしい自然はいつまでもしっかり残してほしい限りです。



□石垣牛


かの有名な松坂牛や神戸牛も元々は石垣生まれの子牛をそれぞれの産地で食用に育て上げたものだそうです。
そんな有難い石垣牛を頂きました!サーロイン 200g!絶品です!
飾りたてる言葉は不要です。“うま〜い!”それだけです! 1度ご賞味あれ。



□竹富島


竹富島では1泊し、丸1日堪能しました。観光地としては大変面白く有意義でしたが、日々の営みを考えると住み続けるのは非常に困難だと感じました。
実際に島の人口は減り続け、現在では約300人程度、内約100人は県外からで、民宿のヘルパーさんであったり、観光業者の方であったりと永住というわけではありません。
建物不在の屋敷囲いが目立ち、住まわれていても1人暮らしの老人がほとんどだそうです。島の現状をみると観光客の賑わいはあるものの、生活感はどこか希薄でまるでテーマパークです。否定するわけではありませんが、既製感は否めません。



□道


竹富島の道幅はおおよそ4m前後でした。昔ながらの集落、スージグヮーにしては体感として広いような...
ある時期を契機に道幅の拡幅や造成を行ったのでしょうか?石垣の高さは1.2 〜1.6mで平均するとおおよそ1.4mでした。
アイラインとしては、圧迫感もなく心地よい高さです。道幅、石垣の高さ、石垣から屋敷までの距離、植栽など心地よさを創出するファクターはまだまだありますので、今後の宿題です。



□涼空間


これはビックリです!
道のはずですが屋根が架っています。何のためなのかわかりませんが屋根が架っています。 しかしながら、そこにできる影、そこに涼を求める人、自然と生まれる人の気配、会話。心地よい空間です。



□学校の塀


竹富島の唯一の小中学校。周囲どこを見渡しても塀がありません。
どこからでもアプローチでき、どこからでも見通しがききます。このゆるやかな境界がたまらなく良いです!



□オイシィ〜♪ハンバーガー屋


石垣市内にあるバニラデリさん。
ふと休憩がてら立ち寄ったのですが、店内の雰囲気と音楽がなかなかステキです。 この日注文したのがアボガド何たらかんたら( スミマセン覚えていません)でこれまた美味でした!ボリュームもあってがっつりいけるので石垣島でジャンクフードが食べたくなったら是非立ち寄って下さい。



以上、主観を元に紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか?次回は新垣からの報告です!お楽しみに!




韓国建築視察②

2 日目の朝は少しだけ早起きをしてホテル周辺を 1時間程散策。正直、看板がハングル文字で なければ沖縄のまち中を歩いているような感覚に陥るほど建物のつくりが似ていた。

朝食を済ませ本日最初の目的地、済州民族村へ向け出発。済州民族村は15万8000㎡の広大な大地に、山村、漁村、官庁、漁具展示場等が移築されていて、1890年頃の済州道文化が再現されている。古集落や古家がお好きな方は、一日掛けてゆっくりご覧になられることをお勧 めしたい。

余談で はあるが、済州道は『三多の島』と呼ばれていて、“風”“石”“女”が多い島といわれている。どこか沖縄と共通する部分もあり、建築的にも繋がりがあるのではと興味津々に視察してみると、屋敷内の母屋や納屋、トイレ等の建物配置、母屋の間取り、母屋と庭との関係 (アマハジ空間)等共通する部分が多く、形態的にも外壁の石積みやかやぶき屋根、軒の低さ等、本部町瀬底島に残る農業神を祭る土帝君(トゥティークン)の祠に似ていて驚いた。
やはりアジア地域であることや島嶼性、宗教観等が共通性を生み出しているのではないかと考えさせられた。

民族村を後に海岸沿いを南下し、途中昼食(鍋料理の人気店にて、あわびがたっぷり入ったチゲ鍋を頂き、かなりの辛さに舌を巻いたが癖になる味であった)を挟み、映画博物館や韓国の有名画家イージョンソプ・アートギャラリー、 2002年FIFAワールドカップが行われたサッカー競技場、伊丹潤設計のピンクスゴルフのクラブハウスやプドーホテルを視察した。

サッカー競技場は済州道の人口の割りにはあまりにも規模が大きく、ほとんど使用されていないのが現状で、台風の度にテント幕が飛ばされるなど宝の持ち腐れ的な状態になっているという。クラブハウスやホテルは和のテイストが随所に盛り込まれており、質の高い建築となっていて、ゴルフ抜きにのんびり過ごしてみたい空間であった。

次回は済州道からソウルへの移動の旅をお伝えします。



伊良波 朝義
05年09月05日 掲載






愛知を訪れて...②

 

3日目は愛・地球博へ出掛けた。
「自然の叡智」をテーマに120ヶ国以上が参加し、 悪化の一途をたどる地球環境について、各国の取り組みや最新の技術を持ちよる場である。会場へは名古屋市から地下鉄を乗り継いでリニモで行くことができる。磁力を動力として動くリニモ(リニアモーターカー)は電車に比べ振動や騒音など比較的快適であったが連日の賑わいを見せる万博だけに車内は満員状態であった。



会場に到着すると見渡す限り人、人、人の波、会場に入場するだけでも1時間弱を要した。この日も生憎の空模様で小雨の降る中、会場のお祭りムードと沖縄ではあまり見ることのできない人の数に圧倒されっぱなしであった。





さて、万博を見てまわって気になったパヴィリオンを幾つか紹介したいと思う。
初めに開催国である日本が出展する長久手日本館である。設計は日本設計によるもので資源が豊富な竹を使用した日本が提案するサステナブル建築といえるだろう。竹の持つしなやかさと強度生かし、木造の本体とそれを覆う竹の籠で構成されている。
本体は木造で間伐材を使用し環境に配慮している。出展の内容としては「人と自然の繋がり」をテーマにした展示や360°フルスクリーンとなる地球の部屋などなかなか見ごたえがあった。
その形態、ボリューム館、芋っぽさ?、出展内容など色々と楽しむことができた。さすがはホスト国といったところだろうか。

次にスペイン館である。建築に携わってる人ならこの万博でまず見ておきたくなるだろう?このスペイン館は「セロシオ」と呼ばれる格子窓を再現したものである。
幾何学的に組み合わさった色とりどりの陶器は見るからにハデでかわいく目をひいた。ちなみに今回のパヴィリオンは基本モジュールの構造体をもとに各国が内装、外装を手がけるといった具合になっており、このスペイン館も建物の周りをセロシオが覆っている。

外にも地域ごとに区分されたグローバルコモンや(各パヴィリオンの集まり)冷凍マンモス、さつきとメイの家、ロボットなど取り敢えず万博で話題になっているものはできる限り見てまわった。夜が近づき照明が灯り出すと昼とは違った表情を見せ、ライトアップにより光輝く会場内は一見の価値あり。万博を丸1日かけ堪能し、会場を後にした。



次の日は最終日でようやく天気にも恵まれ心地よい日差しのもと、名古屋市内の街並みを眺めながら、ホテルから名古屋駅まで約1時間の道のりを歩いた。その後、名古屋駅から地下鉄を利用し、名古屋大学へ向かった。名古屋大学には前々から1度見てみたかった槙 文彦氏設計による豊田講堂があるためだ。1960年に竣工し62年には日本建築学会賞を受賞するなど当時を代表するモダニズム建築である。


その一端に触れたくこの建物を訪れたのだが、休日ということもあり学生の姿もほとんど見受けられず閑散とした雰囲気で、正直、感動やそれに近いものさえ覚えなかった。30分ほど見てまわり、帰りの便の時間も迫り名古屋大学を後にした。
4日間に渡り、愛知の建築、文化、歴史、食、自然に触れ多くの収穫があったように思える。実際に見て、触って感じてきたものを大切にし、この旅を今後の様々な活動に生かして行けたらと思う今日この頃である...。



山城 勝久
05年07月19日 掲載




愛知を訪れて...①

去る6月9〜12日の4日間、幾つかの目的を携え愛知県へ行ってきた。
愛知県へは那覇空港から約2時間の空路で、今年の2月にオープンしたばかりの真新しい中部国際空港(セントレア)に到着。空港内を見てまわる暇なく、そそくさと一路犬山市にある明治村へ。

今回の旅は先にも述べたように幾つかの目的があり、その1つが明治村にある旧帝国ホテルを訪れることである。旧帝国ホテルはF・L・ライトの設計により1923年に建設され、当時の有力者が「国内を代表するホテルを」とのことから白羽の矢が立ったのがライトだったようだ。
ともあれ学生の頃から最も共感、尊敬の念を抱いている建築家であり、彼により生み出された建築物は自身の心を惹き付けて止まないものである。中部国際空港から明治村まではバスで約2時間の道のり、始まったばかりの旅とこれから起こるであろう出来事に思いを巡らしているうちに到着。
生憎のぐずついた天気ではあったが閉村時間が迫っていたため、足早に先を急いだ。



旧帝国ホテルは勿体つけるかのように村内の最も奥にあった。30分程歩くと、遠目に念願の旧帝国ホテルがその姿を現し、感動と興奮を隠しきれないまま、急いだ。
幾重にも伸びる水平ラインや幾何学的に型どられた大谷石、シンメトリーによりる均整のとれたプロポーション等どれをとっても細かく、美しく、実に見事だった。中へ歩を進めるとホテルには似つかわしくない程の低く押さえられた天井があり、そこを抜けると3層吹抜けの空間へ放り込まれる。憎たらしいほどのの空間演出である。ちなみに 2階にあるラウンジでは喫茶店があり、上質の空間に浸りながらビールが飲めるといった具合になっている。もちろん体験済み。

閉村時間も近づき名残惜しく、旧帝国ホテルをあとにした。その後名古屋市内に戻り名古屋の夜を満喫し、就寝。



次の日は朝から名古屋市内にある熱田神宮や興正寺の五重塔、名古屋城,愛知県庁舎、名古屋市役所を見てまわった。夕方になり、栄にある居酒屋で御当地の美味(名古屋コーチン、ドテ煮、地酒等)を堪能した。

夜景を見るため名古屋の中心部へ向かいオアシス21 やルイ・ヴィトン、愛知芸術文化センター、NHKタワーを見てまわった。
名古屋の建築、街並み、食、文化に触れることのできた 2日目となった。



山城 勝久
05年06月26日 掲載







韓国建築視察①

2005年3月、韓国・済州(チェジュ)&ソウル5日間の旅に出掛けた。
 那覇国際空港よりソウル・仁川(インチョン)国際空港(2001年3月開港)まで約2時間20分のフライト。 空から見るソウル郊外は扇状地状になっていて、戸建住宅群や集合住宅群を垣間見ることができた。
インチョン空港は開港して4年の新しい空港で、ソウル郊外の干潟を埋め立てて建設されている。

内部は広々としていて、立地もさることながら関西国際空港に似たつくりとなっていた。そこからバスで30分、ソウル・金浦(キンポ)国際空港へ移動。
キンポ国際空港は、インチョン国際空港が出来る前はソウルの玄関口である国際空港であったが、手狭なため現在は国内線専用の空港となっている。興味深かったのは、 国内線として利用されていない空港内施設をスーパーマーケット等として活用していて、空港がまち中から近いこともあり、市民生活に身近な存在となっているところだ。

そのキンポ国際空港より済州国際空港までは約1時間で到着。残念ながら移動が夜だったため済州道(チェジュ島)の様子を空から眺めることができなかった。

チェジュ到着後、2日間お世話になるチェジュロイヤルホテルのチェックインを済ませ、早々韓国で最初の夕食を取ることに。韓国といえばやはり焼肉。
チェジュでお勧めの焼肉専門店『天下一品』(沖縄で生活し、活躍されているチェジュ出身の李(イ)さん行き付けの名店)を訪ねた。

韓国では焼肉は豚肉が主流で(もちろん牛肉も食べます)、サンチュ等の葉野菜にキムチ等の付け合せと共に包んで食する。 日本の焼肉店で見かけない葉野菜で珍しいのがゴマの葉。すこし苦味がり、独特の香りがしていて、豚肉と食するとおいしかった。あまりの美味しさに初日から食べ過ぎてしまった。
ちなみに韓国では、国がある一定の味やマナー等の優良基準を満たしたレストランに与えるマーク(三ツ星みたいなもの)があり、そこへ行けばまず外れは無いとのことであった。


次回はチェジュ2日目をお伝えします。


伊良波 朝義
05年03月28日 掲載



久米島で...

9月23日、久米島へ1泊2日の旅に出かけました。旅の目的は、沖縄の自然や文化に触れ"沖縄らしさとは"という答えを探るため、その足掛りに久米島の旅へ出掛けました。
久米島は那覇から約100km西に位置し、上江洲家や具志川城跡、宇江城城跡といった歴史資産や、久米島紬や久米島焼等の文化財、畳石や久米島にしか生息しない動植物等、多くの魅力を有する島です。
久米島へは那覇の泊港から約2時間で行く事ができ、旅というにはなんだか物足りなさを感じつつも、久米島へ到着しました。久々の乗船や台風の影響で波が高かった事もあり、船酔いで早くもダウン気味、とりあえず、ホテルでチェックインを済ませ、かねてから計画していたように自転車での久米島散策を開始しました。この日は晴天で絶好のサイクリング日和で、まだまだ暑い日差しと、心地良い海風が、高まる気持ちにより一層の拍車をかけました。


まず始めに上江洲家へ向け自転車を走らせました。途中、地図を確認するために立ち止まると、道に迷っているように見えたのか、気の良いおじさんに声をかけられ、親切に上江洲家への道のりを丁寧に教えてくれました。最近では、あまり味わうことのできない、人の親切さに心を打たれました。  上江洲家に到着するとその高台から望む絶景に目を奪われました。眼前にはウージ畑と民家、そして海が広がり、今にも聞こえてきそうな波の音がとても心地よく、ゆったりとした時の流れに心安らぎました。屋敷の周囲には立派な石垣が整然と建ち、そこを行き交う当時の人々の面影を偲ぶことができました。

上江洲家は沖縄に現存する最古の民家で、1700年代に建てられたものだそうです。建物の高さが抑えられ、ゆるやかな屋根勾配が地形になじむように、周りの木々との調和を図っていました。沖縄の伝統的間取りや庭に大きく張り出した雨端、腰を下ろしくつろぐのにちょうど良い廊下、強い日差しが生み出す濃い陰影、そこを流れる涼風、木の質感・匂い等、現代の建築では到底うかがい知ることのできない体感に時の経つのを忘れてしまう程すばらしいものでした。

その後、久米島の集落を散策しながら久米島を自転車で1周しました(後半はバテバテ)。 途中、立ち寄ったまちやぐゎーでさみしい出来事がありました。まちやぐゎーのおじさんが「もう、売れないから店をしめるんですよ」と話してくれました。その時のおじさんのなんとなくさびしい表情に胸を締め付けられました。那覇でも少し前までよく見かけた、まちやぐゎーですが、最近ではめっきり少なくなってきています。久米島でも例外ではなく、各大手スーパーの進出により、本島化が確実に進んでいるのが現状です。便利さや品質を求め豊かになった現在ですが、その背景には、多くの失われたものが存在し、本当の意味での豊かさとは何なのかを改めて考えさせられる出来事でした。

次の日は、帰りの船の時間までに、畳石や宇栄城城跡、ウミガメ館、久米島紬、久米島焼きの工房等を足早に見てまわりました。畳石の自然の神秘、久米島紬の歴史・紬に携わる温かく、大らかな人々、久米島焼きの美しさ等、様々な人、物、歴史、自然に触れることができ、多くの感動を得ることができました。  この場を借りて、久米島でお世話になりましたみなさん、本当にありがとうございました。


山城 勝久
04年10月25日 掲載



九州・長崎で...

平成16年6月12〜13日(土、日) 建築士会の関係で長崎に行く機会があり、その旅を通して見てきたもの、感じたことを自らの独断と偏見ではありますが、少しばかり紹介させて頂きます。
  6月12日AM6:00 モノレールに飛び乗り、期待に胸を膨らませながら那覇空港へと向かいました。空港にはすでに今回一緒に旅をするメンバーが来ていて、挨拶も早々にすませ、高校の修学旅行以来の旅に落着きを隠せませんでした。 飛行機の旅は1時間30分程かかり、福岡空港に到着しました。福岡空港では沖縄とは違い、人々が慌しく行き交い、騒々しく、少しばかり息苦しさを覚えました。 福岡空港からバスに乗り、長崎へは3時間近くかかりました。バスから眺める沖縄とは違う風景に新鮮さと日本らしさを感じた事に、なんだか滑稽な気がしたのを今でも鮮明に覚えています(日本人なのに日本らしさを新鮮に感じたこと)。車窓からの風景は樹木(杉や竹など)、勾配屋根、瓦、水田、道、色等々、明らかに沖縄のそれとは異なりを見せ、私の心に強く訴えかけてきました。
 長崎県佐世保市に差し掛かると赤レンガの倉庫群が見えてきました。まさにそれは、異文化そのもので、軍港として栄えた佐世保の象徴的な光景に目を奪われました。 しかしながら現在では当時の赤レンガ倉庫は激減しているそうです。(写真参照)赤レンガの倉庫の後利用について地元でも検討しているようで、コンサート会場として利用した例もあるそうです。
  そして今回の旅の目的である建築士会の九州大会(各県の活動発表会のようなもの)を済ませ、その後には各県の建築士の方々や地元の人々との懇親会が催され、互いの文化(言葉、習慣、慣わし、芸能、地酒)交流を通して、改めてウチナ−ンチュとしてのアイデンティティを深く、切実に感じることができ非常に有意義なものとなりました。
  次の日は朝からバスに乗り、帰りの飛行機の時間までタイト
なスケジュールの中、幾つかの名所、建築物を見ることができました。その中から印象に残った建物を2つばかり紹介します。
  まず初めに、佐世保にある新みなとターミナルを紹介します。この建物は2000年に公開設計協議が行われ、2003年に竣工し、現在、佐世保港の玄関として、人々に利用されています。外観は簡素で白を基調としており、清涼感のある建物でした。ガラスと鉄柱により構成された内部空間は軽量感と柔軟性を見て取ることができました。また、屋上を芝生で埋め尽くすことで、殺風景な港に彩りを与えていました。(写真参照)
  次にザビエル記念堂を紹介します。この建物は1931年に建設され
(当時は平戸カトリック教会)1973年に現在の名称に改名されました。まず、初見でおどろきました。というのも、日本の地に西洋の建物が忽然と姿を表しているわけで、そのちぐはぐ加減がなんとも奇妙でした。 しかし、この平戸にはフランシスコ・ザビエルによるキリスト教の伝来以来、長年に渡る歴史があり私には到底計り知れず、平戸ならではの光景と言えるのではないでしょうか。(首里城も県外の人が見たらこんな感じなのかな…)内観は白を基調に真っ赤な絨毯と木製の腰掛け、真っ黒なオーダーが印象的でした。(写真参照)
  1泊2日の短い旅でしたが、改めて、文化、風土、歴史の多様性を感じることで沖縄の独自性を認識することができました。沖縄にしかない良き物、良き事、良き人…を大事に思う気持ちをしっかりと考えて行けたら…なんて思えた旅でした。




山城 勝久


04年8月30日 掲載